ともに生きる [TOMONI-IKIRU]

砂場で学ぶ

2025.06.30

  • コラム「暖流」

「ともに生きる」をテーマにした福祉コラムです。

イラストレーター・こどもみらい館館長 永田 萠

 『人生に必要な知恵はすべて幼稚園の砂場で学んだ』。この印象的なタイトルの本を知った時、作者ロバート・フルガムは幼児教育の専門家だろうと思った。まさに真髄に迫る言葉だったからだ。だが本を読んでみるとそうではなかった。

 これは教育専門書ではなく、アメリカのロングセラーの名随筆集。卓越した洞察力と上質のユーモア精神、そして人間への深い理解と温かなまなざしで綴(つづ)られた名著だった。1937年生まれのロバート・フルガム。その経歴がすごい。ご本人はニヤリと笑って「哲学者だよ」と言っているようだが、「カウボーイ、フォークシンガー、セールスマン、画家、牧師、バーテンダー」と書かれている。

 フルガムはあの時代らしい自由な生き方と知的な好奇心と探求心で「人はどう生きるべきか」を語りかける。「人生に必要な知恵」。幼稚園の砂場で、こどもたちは何を学ぶのか?それはとても簡単なこと。

 「何でもみんなで分け合うこと」「ずるをしないこと」「人をぶたないこと」「誰かを傷つけたら『ごめんなさい』と言うこと」「トイレに行ったらちゃんと水を流すこと」などなど、まだまだ続く。本当に生きていく上で大切なことばかりだ。おとなになっていても、たとえ大国の為政者であっても、砂場で「学ばなかった人」をわたし達は何人も知っている。

 わたしは仕事柄、幼稚園や保育園を訪問する機会に恵まれている。砂場で遊ぶ現役のこどもたちを見ると、「ちゃんと学んでいるなぁ」とうれしくなる。ときおり小さないさかいがあって泣き声があがっても、そばにいる先生がすぐに諭し、なぐさめ、抱きしめてくれる。愛されて守られている安心の中で、こどもたちは育っていく。

 もう砂場遊びもできないわたしだが、やさしいフルガムは励ましてくれる。「だいじょうぶ。人生という砂場で、まだまだ学ぶことはできるよ」と。

ながた・もえ氏
出版社などでグラフィックデザインの仕事に携わった後、1975年にイラストレーターとして独立。2016年より京都市子育て支援総合センターこどもみらい館館長に就任。