2025.08.11
2025.08.11
「ともに生きる」をテーマにした福祉コラムです。
もみじヶ丘病院院長、精神科医 芝 伸太郎
医学部学生の頃の精神科臨床実習で、外来で大御所先生の外来診察に陪席しました。主治医の指導に従おうとしない患者Aさんの態度に業を煮やした大御所先生が「医者の声は天の声」と一喝したところ、なんとAさんが間髪をいれずに放った言葉は、「天は人の上に人をつくらず」。思わず「座布団一枚」と喝采したくなるほどの見事な切り返しに、福沢諭吉も苦笑したことでしょう。
40年近くも前の話です。詳細は忘れましたが、Aさんが「職場に味方がつくれたと思ったら、なぜかうまくいかなくなる」という訴えをしておられたことだけは記憶しています。確かに不思議で、当時の私に理由はわかりませんでした。しかし30年以上の臨床経験に基づいて、今なら次のような仮説を立てられます。
学校であれ職場であれ、社会生活を送る場で味方ができること自体は確かに有利ではあるでしょう。ただし、ここで留意しておかねばならないのは、ある集団の中で「味方をつくる」ということは、同時に「味方でない人をつくる」ことでもあることです。そしてしばしば「味方でない人」の中から敵があらわれて皆さんをおびやかします。

自分が所属する集団においては「ひとりの味方をつくる」ことより大切なことがあります。それは「ひとりの敵をつくらない」ことです。敵に足を引っ張られると集団内で生き残るうえで致命的となります。
「味方がいること」よりも「敵がいないこと」の方がはるかに重要なのです。おそらくAさんは積極的に味方をつくろうとして、知らぬまに敵もつくってしまっていたのではないかというのが私の推察です。もしもAさんが「敵をつくらない」よう心がけていれば、「敵でない人」の中から味方があらわれて、うまくいったのかも知れません。
福沢諭吉風に言うならば「コツは人の中に敵をつくらず」ということになるでしょうか。人間関係でつまずきがちの方は、ご自身で点検してみてください。
しば・しんたろう氏
京都大学医学部卒。兵庫県生まれ。
1991年もみじケ丘病院。2018年より現職。専門は気分障害の精神病理学。