ともに生きる [TOMONI-IKIRU]

「こころを相続する」

2025.12.16

  • コラム「暖流」

「ともに生きる」をテーマにした福祉コラムです。

僧侶・歌手 柱本 めぐみ

 少し冷たい晩秋の朝。四畳半の茶室に座してお点前を拝見していたとき、私はふと「この時間はなんだろう」と思いました。考えてみると、家に茶室がありながら本当に落ち着いて座ったことがなかった私は、経験したことのないここちよさを感じていました。

 子どものころ美味(おい)しいお菓子につられて祖母に習ったお点前の記憶はほとんど薄れ、ぎこちない手つきでお茶をいただきながら、家を守っていくということは、今私が感じているもの、つまりこの空間に醸し出されているものを守り伝えていくということではないかと思ったのでした。

 私の家は家族が生活した場所であり、たまたま町家として登録有形文化財や京都市の指定を受けただけで歴史的価値があるわけでもなければ、社会的地位のあった方のお屋敷でもなく、ましてや豪商の家でもありませんから高価なものが揃(そろ)っているわけでもありません。ですから見学に来られた方が、私の拙い案内にもかかわらず「楽しかった」と言ってくださると、面はゆい気がしていたのですが、貴重なものや珍しいものを見た感動ではなく、家の空気を直に感じていただけたからなのでしょう。

 既製品ではない家具や調度品は、職人さんと曽祖父があれこれと話をしてできたものだと想像できますし、塗りが剥げてしまったお椀(わん)やお盆は、人が集まっていたことの証しでしょう。町家の佇(たたず)まいは、こうした暮らしの中で丁寧に紡がれたご縁、長い時間をかけて築かれた信頼関係を深めていくこころが作り上げてきたのだと思います。

 目まぐるしく変化する社会の中にあって、古いものの形を残すことは経済的にも技術的にも簡単ではありませんが、形にならないもの、なっていないものを伝えることはもっと難しくなっていくかもしれません。だからこそ、支えてくださる方々とのご縁に感謝しながら、先の人たちのこころを静かに相続していくことの大切さを、しみじみと思う日となりました。

はしらもと・めぐみ氏
京都市生まれ。京都市立芸術大卒。歌手名、藤田めぐみ。クラシックからジャズ、シャンソン、ラテンなど、幅広いジャンルでのライブ、ディナーショーなどのコンサートを展開。また、施設などを訪問して唱歌の心を伝える活動も続けている。同時に浄土真宗本願寺派の住職として寺の法務を執り行っている。