ともに生きる [TOMONI-IKIRU]

家族ごとオーダーメード支援 障がい者の親なき後を考える(2026/01/19)

2026.01.19

  • 広がる 地域の輪

世光福祉会

 社会福祉法人世光福祉会は、「障がい者デイサービス ベデスダの家」、「障がい者地域共生拠点 イマジン」と6カ所のケアホームを運営している。法人理事と両拠点の統括責任者を務める中西昌哉さん(62)にとって、「親なき後の暮らしを考える」ことが最大のテーマだ。

 中西さんが歩んできた背景は、法制度の移り変わりと深く関わっている。法人に入職した1986年当時、ベテスダの家は無認可の共同作業所だった。

 83年に養護学校(現特別支援学校)が義務化された。障害がある子に就学の道が開けた半面、高等部を卒業後の進路に重度の場合は進路の選択肢が少ない現実があった。たとえ支援がたくさん必要であっても、居場所づくりが必要だ、との考えから各地に共同作業所が開設された。

 中西さんによると、現在とは別の伏見区内の地区にあった古い木造家屋を改修した初代の作業所で、「メンバー」と呼ばれる通所生は染紙、クッキーづくりなどの作業をし、付近を散歩した。床が沈んだり畳がカビで使えない部屋もあった。梅雨に雨漏りし、冬はすきま風が入ったそうだ。

 「メンバーは10~20代、親も働き盛りの世代だった」。そんな中、母親から聞いた「せめて、この子より1日だけ長生きしたい」との切実な言葉に衝撃を受ける。中西さん自身も若かったから、母親へ望みを何気なく尋ねたつもりだったという。「この問いへの答が、山あり谷ありの仕事をしていく原点になった」

無認可の共同作業所時代を回顧する中西昌哉さん(京都市伏見区)

 開所7年目に集中豪雨で壁の一部が崩れた以降、現在の場所に落ち着く99年まで引っ越しを繰り返した。「明日のことより、その日の運営維持でいっぱいだった」


 ベテスダの家が現在地に移転した翌年から開始しているのが、家族支援のための独自の宿泊事業「個別宿泊プログラム」だ。メンバーが元気で過ごすには、家族が元気でないといけないと考え、デイサービス内にある和室で毎月1人ずつメンバーが宿泊する。続けていく中で家族の生活リズムや暮らし方によって曜日や時間などニーズは、まちまちで実に多様だということを学んだという。「この経験がベースになり、さまざまな支援につながっています」

 付近のケアホームではメンバーが暮らす。映像などを観賞した時に感極まって大きな声を出すメンバーには外壁に防音を施している。近くのスーパーで買い物した時にまるごと1尾の鮮魚を選んだメンバーの家庭では、1尾の魚を三枚におろしてから食することが日常だったという。「メンバーごと、家族ごとにニーズが異なる。日常生活の中での意思決定と選択の積み重ねです。利用できる制度や社会資源を組み合わせて、一人一人の支援にどうつなげるかを考えていく」

 学校卒業生の居場所づくりから経験を重ねてきた中西さんにとっても、オーダーメードの支援を考えていくことに終着点やゴールの実感はないようだ。「ライフステージに合わせて寄り添っていくことは、奥が深い」

(秋元太一)

社会福祉法人世光福祉会

ベテスダの家(京都市伏見区向島津田町)、イマジン(同区桃山町泰長老)、ケアホームを運営している。ベテスダの名称の由来は、聖書にあるイエスによるいやし伝説の池にちなんでいる。