2026.01.19
2026.01.19
「ともに生きる」をテーマにした福祉コラムです。
真宗大谷派僧侶 川村 妙慶
年齢を重ねるにつれ、ふと過去を振り返ることはありませんか。うれしい知らせに心が弾んだ方、家族が増えたり、新しい仕事に挑戦された方もおられるでしょう。一方で、病や別れ、思いがけない困難に出合う、命の尊さを身に染みて感じておられる方もいらっしゃるのではないでしょうか。また、表には出さず、心の奥に静かな悲しみを抱えて歩んでこられた方もおられることでしょう。
この世に、「同じ感覚で同じ時を生きる人」はいません。
それぞれが、それぞれの場所で、その人なりに精いっぱい生きてきました。過ぎ去った時間は記憶となって、今の私たちの中に息づいています。学生時代の部室のにおい。誰かの肩にそっと触れたぬくもり。ひとりで帰る夜道、ふと見上げた冬空の冷たい星。そうした記憶は、時を重ねるほど、なつかしさという優しさに包まれ、少しずつ形を変えていきます。

「もっとこうすればよかった」「なぜあんな言葉を口にしたのだろう」。誰の心にも浮かぶ思いです。しかしそれは、後悔というよりも、「これからの人生を、より大切に生きたい」という願いの裏返しではないでしょうか。今の私があるのは、過去の積み重ね。その一つ一つが、人生に深みを与えているのですね。
親鸞聖人は、「願わくは深く無常を念じて、いたずらに後悔を貽(のこ)すことなかれ」と記されました。どれほど幸せを願っても、人生には良いことも、つらいことも訪れます。「無常だから」と諦めるのではなく、つらい出来事もまた、時とともに姿を変えていく。そのことを見つめながら、「いまこの一日、この瞬間を、慶(よろこ)びをもって生きてほしい」と、親鸞聖人は願われたのではないでしょうか。
涙がこぼれた日も、立ち止まった日も、すべてがあなたの人生です。その経験は、いつか誰かをそっと包む力となるでしょう。
新しい年が、心の奥に静かな笑顔が灯(とも)る、穏やかな一年となりますように。
かわむら みょうけい氏
アナウンサー。メールで悩み相談受け付け。北九州市出身。