2026.03.17
2026.03.17
「ともに生きる」をテーマにした福祉コラムです。
立命館大名誉教授 津止 正敏
度は本業のイベントに追われた。男性ケアラーのネットワークの行事(7、8日)だ。プログラムを考えているうちに、あのりくりゅうペアの涙がネットワークに集う面々のエピソードに連なった。デジャヴだ。
ショートプログラムでミスった木原選手。帰りのバスで泣いて、朝起きて泣いて、ほうれん草を食べながら泣いて、公式練習でまた泣いた。理由もわからずに泣いた、と優勝後のテレビ番組でその泣き虫ぶりを披露していた。「泣いてばかり。だから今度は私がお姉さんでした」と9歳年下の三浦選手の名言もあった。

「男性」観の潮目の変化とでも言いいたくなる取り上げられ方に、心底驚いた。私らの世代にあった常套句(じょうとうく)「男のくせに」という声は皆無、ほぼ称賛と共感の嵐に包まれた。もちろん金メダル効果はあったろうが、「泣く」木原選手を揶揄(やゆ)するのではなくみんなが丸ごと肯定した。弱音を吐いて支えてもらって落ち込みながらも懸命に演技の準備をしていた彼らのエピソードが、隙あらば撃たんと構える批判者への何よりのバリケードになっていた。
私たちのネットワークに話を戻すが、泣くな愚痴るな逃げるな、という「男の修行」を地で行くようなケアを男性特有の課題として捉えてきた。自分の弱さを語る言葉も涙を流す場所もなければ寄り添う人もいない、孤立がすぐ傍(そば)にあるケアラーだ。だからこそケアする私たちには弱さを肯定し分かち合えるコミュニティが必要なんだと声を大にして活動を続けてきた。
りくりゅうも怪我(けが)に苦しみ、ともにケアする/される関係を交差しながら過ごしてきた。そのことが信頼の絆に繫(つな)がったとも言っていた。氷上で舞う2人の舞台とは随分違うけれど、私たちケアラーも戸惑いジタバタしながらの毎日を胸襟開いて語り労(ねぎ)らいながら仲間と共にネットワークの輪を拡(ひろ)げていきたい。「ケアのコミュニティ」をテーマにした過日のイベントではこんな話をしてみた。
つどめ・まさとしけ氏
1953年、鹿児島県生まれ。立命館大学教授。大学院社会学研究科修士課程修了。
京都市社会福祉協議会(地域福祉部長、ボランティア情報センター長)を経て、2001年から現職(立命館大産業社会学部教授)。2009年3月に「男性介護者と支援者の全国ネットワーク」を発足させ、事務局長を務める。著書に『ケアメンを生きる-男性介護者100万人へのエール-』『男性介護者白書―家族介護者支援への提言-』、『ボランティアの臨床社会学―あいまいさに潜む「未来」-』、『子育てサークル共同のチカラ-当事者性と地域福祉の視点から-』など。