ともに生きる [TOMONI-IKIRU]

原因と結果の錯葉

2026.03.23

  • コラム「暖流」

「ともに生きる」をテーマにした福祉コラムです。

もみじヶ丘病院院長、精神科医 芝 伸太郎

 木が倒れてきて足にあたって骨折したら、「倒木」が原因で「足の骨折」が結果です。その逆などありえません。これほど単純な図式ではないにしても、身体科の病気では、原因と結果の関係は比較的わかりやすいように思われます。

 精神科では事情が違います。たとえば「仕事がはかどらないから、気分が落ち込んだ」と訴える患者さんを考えてみましょう。患者さんは「仕事がはかどらない」ことが原因で「うつ病になった」と解釈しているわけです。実際にそういう事例はあります。ただ、精神科医なら別の推論もできなければなりません。

 うつ病では気分が落ち込むだけではなく、他にも色々な症状が出現しえるのです。それらの中に、思考の速度が遅くなったり止まったりして、判断能力が著しく低下するという「制止」があります。気分が落ち込むより先に「制止」が始まれば、仕事もはかどらなくもなるでしょう。この場合は、患者さんが「原因」と思いこんでいた「仕事がはかどらないこと」が、すでに病気の「結果」だったということになります。

 「仕事がはかどらないこと」をうつ病の「原因」と見なすか「結果」と見なすかは、治療上、極めて重要な判断になります。前者なら「仕事の負担を減らすこと」がまず優先されるべきですが、後者なら他の対処が必要になります。

 「病気の結果」を「病気の原因」と取り違える錯視は、精神科臨床では日常茶飯事なのです。精神科医ですら、経験が浅いうちは、そういう初歩的ミスをおかすことがあります。

 この錯視は病気にかぎった話ではありません。「会う回数が減ったから、2人の関係が冷めた」はよく聞くフレーズです。そういう見方も確かにできます。しかしその逆、つまり「2人の関係が冷めたから、会う回数が減った」とは考えられないでしょうか。

 心情的に納得がいかないときには、原因と結果を逆にして眺めて下さい。謎が氷解するかもしれません。

しば・しんたろう氏
京都大学医学部卒。兵庫県生まれ。 1991年もみじケ丘病院。2018年より現職。専門は気分障害の精神病理学。