2026.04.14
2026.04.14
「ともに生きる」をテーマにした福祉コラムです。
平等院住職 神居 文彰
昨年度の東京藝大博士審査会に元興寺の『板絵智光曼荼羅(まんだら)』の想定復元模写が発表された。発問したのは虚空(空の部分)の薄茶系の色合いについてである。元禄(げんろく)年間元興寺が印施したものでは空は青色系で青空が自然と考えたのである。
しかし普通とは幻想で、例えば日本で太陽を黄色で描くのはスタンダードでなく異常で、欧州の赤が基本であるとの分析もある。
浄土の画像表出には、感得した対象(観想)と、一般の観覧者がそれを首肯出来なくてはならない。
本図は大陸風景を南都で活写した可能性もあり絵の完成度は抜群である。
別の近代銅販画模写では空に横線を引き上方にいくに従って間隔を狭め、空の階調を表現している。

光の階調はRGBという三原色ではなくグレーという光度の強さのみの情報であり、加減混色とは異なる。
書や水墨画の白と黒、光と影は精神性を創出し得、等伯『松林図屏風』は墨の濃淡で竹林は音を立て、湿った霧は私を突き刺す。
白と黒という対向は『映画『ブラック・スワン』さらにチャイコフスキー『白鳥の湖』を連想すると思う。白鳥処女譚からの閃(ひらめ)きとされるが、仏典では水乳分離と慈悲や真理の象徴、清純な白鳥オデットと妖艶な黒鳥オディールの対照的な一人二役が見所である。
三幕グラン・パ・ド・ドゥでのオディールの三二回転フェッテや、ジークフリート王子に身体を持ち上げられ片足を曲げるルティエのアラベスク・リフトなど、ある意味王子が黒に魅了された上とも解される。
悲劇性救済的な様々(さまざま)に演出されるが、心の二面性と愛の犠牲に愕然(がくぜん)とする。
「白黒つける」をキャッチにした漫画『ゼブラーマン』もご存知であろう。主人公が市井のなか「自分の人生を変えるのは自分自身の力である」として日常の出来事と対峙(たいじ)する。
普通の人のための言説や観想は、同じ文言からたとえ異なる色彩表現を生みだしても、首肯される以上同じ浄土に救済されるという境域的な超越性が存する。
かみい・もんしょう氏
大正大学大学院博士課程満期退学。愛知県生まれ。1992年より現職。現在、美術院監事、埼玉工業大理事、メンタルケア協会講師など。