ともに生きる [TOMONI-IKIRU]

依存症女性の居場所に

2026.05.04

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NPО法人「リバティー・ウィメンズハウス・おりーぶ」理事長 山本 良子さん

 世の中には不器用な生き方しかできない人が、必ずいるものです。薬物やアルコール、ギャンブルなど依存症の女性たちの多くは、生きづらさにうまく対応できない不器用な人たちです。

 誰かに支配されたり、不遇な環境から抜け出せず薬物などに走ってしまう。私には、みんな「弱者中の弱者」に見えます。自己責任だと切り捨てる前に、「本当にその人の真実を知っていますか。依存症や心を病んだのは、全部その人のせいですか」と問いたい。

 「おりーぶ」は、そんな不器用な女性たちも含め受け入れていく居場所です。依存症を克服して社会や家庭に復帰するのが大目標ですが、共同生活による生活訓練や回復プログラムの実践で、まず自分で自分の生き方を変える挑戦をしてもらう場なのです。

「依存症の女性一人の社会復帰は、社会を変えることにつながる」と話す山本良子理事長(大津市真野2丁目、おりーぶ事務局)

 訓練のお手伝いをしながら「自分が変わるための、気付きの設計図」を示してあげるのが、私たちスタッフ(職員)の役割。1人の女性が生まれ変わり社会復帰を果たせば、その家族も回復して社会までも変わると信じます。

 入所者さんは現在、20~60代の19人。共同生活を送るステップハウス(定員4~6人)が4カ所あります。毎朝、全員を車で迎えに行き、依存症回復と生活訓練のプログラムを実践するデイセンター「ひこばえ」(大津市堅田)に送ります。「ひこばえ」は障害者総合支援法に基づく施設で、畑作業や運動のほか、お花見などの余暇活動もプログラムに取り入れ、物心両面で支える体制です。

 おりーぶは、依存症自助グループの活動場所として、大津市の教会内にある建物を借りたのが始まりでした。当時、病院の地域連携室に勤めていた私は、依存症の女性にとって安全安心な居場所の必要性を痛感していました。

 不幸な家庭生活を強いられ、うつを発症して精神科に40年以上入院した義母のことも頭を離れませんでした。不本意な入院が長引き、帰るべき居場所を失ってしまったのです。夫の理解も得て2010年、私は依存症の3人の女性と高島市で共同生活を開始。2年後、法人格を持つおりーぶが正式発足したのです。

 移転を重ねた法人の各施設はその後、大津市北西部に定着しました。100人以上の女性が社会復帰していきましたが、教えているつもりが、実は教えられることばかり。運営責任者として「教えるのではなく、その人が必ず持つ可能性を見つけ出し依存症脱却を一緒に考える」方針に切り替えました。

 発足15年目を迎えつくづく感じるのは、近隣や行政、建物を借りている家主さん、高校の同級生など多数の人々に助けられ、ここまで来られたこと。感謝の言葉以外にありません。

 今後の宿題には、なかなか卒業できない利用者さん向けのシェアハウス新設の検討などがあります。新しいことを恐れず若い人にも学び、何事にも好奇心を持って取り組んでいくつもりです。

やまもと・りょうこ

1951年、広島県生まれ。社会福祉士。精神保健福祉士。大阪や大津の精神科病院で勤務。仕事との関わりで依存症の女性を支える活動を始め2012年、NPО法人「リバティー・ウィメンズハウス・おりーぶ」を開設。100人以上の社会復帰を助けた。「おりーぶ」は23年度京都新聞福祉賞を受賞。大津市在住。