2026.07.06
2026.07.06
十字屋京都音楽院・京都国際音楽療法センター 院長 山村 和美さん
音楽の道に携わって80年近くになりました。10代から著名な音楽家に師事して和声学や作曲、指揮を学ぶ一方、ピアノやクラリネットなどの演奏者として活動。30代からはオーケストラの指揮者も務めました。
ヤマハの米国駐在員として、現地で子供音楽教室の普及と指導者育成に没頭した時期もあります。音楽療法に出会ったのは、米国から帰国後に十字屋と契約して、東京から京都に移り住んだ50代半ばのころでした。
音楽療法は、音楽によって心身の不調を除き、心の平安や身体機能の向上に役立てるのが狙いです。音楽を聴いてもらい内心を刺激する療法と、自ら演奏に参加して体を動かす療法などがあります。効果は百人百様ですが、認知症や知的障害のある人たちに顕著な改善をもたらすことは、少なくありません。

それまで日本の音楽療法は、カラオケを楽しむ活動のように感じられましたが、米国の音楽家、ポール・ノードフ氏らが開発した「ノードフ・ロビンズ音楽療法」という理論がもたらされて局面が転換。私は、その理論に基づく自閉症児対象の即興演奏を聴き、感銘を受けました。心の扉を開けるような演奏だったのです。
十字屋の京都音楽院で、これに着目して開設したのが京都国際音楽療法センターでした。目的は、音楽療法の普及と音楽療法指導員の養成。療法を受ける人たちと指導員の間に心の交流が広がるのを期待しました。
センターの指導員養成講座は1回が1~2年単位の長期間に及びます。修了者には登録してもらい、高齢者福祉施設などの求めに応じて療法を行うのです。現在、派遣先は京都と大阪の約30カ所に広がっています。
父が新交響楽団(NHK交響楽団の前身)の奏者、母もピアニストという家庭に育った私は、青年期に遠回りしながらも最後は和声学や作曲など、音楽修行の道を選びました。音楽思想全般を学ぼうと、「日本のオーケストラの父」とも称される近衛秀麿先生の門をたたき4年ほど、住み込みで薫陶を受けました。スケールの大きな人で、音楽だけでなく人間のあり方を教わった気がしています。
米国に渡ったのはヤマハにいたころ、ジュニアオーケストラの生徒を率いて夏の音楽キャンプ(カリフォルニア州)に参加したのがきっかけ。米国と欧州で音楽教室開設や出版などの仕事を任されることになり、土地柄も気に入って通算15年を米国で過ごしました。
元来、「1カ所で極める」ことが苦手な性格ですが、京都では心の交流が起こる音楽療法の世界を確立させたいと願っています。
今後にやり遂げたいのは障害のある人が主役になり、周囲に和やかさを届ける音楽の場を作ること。どんな障害があっても音楽の才能豊かな人は数多くおられます。ご本人や保護者にも音楽で希望と安心を届けたいのです。
やまむら・かずみ
1932年、東京都生まれ。宮崎大学特設音楽科に在籍。指揮者のニコラ・ルッチ氏や近衛秀麿氏に師事。作曲と、ピアノなどの演奏家、指揮者としても活動。東京声専音楽学校(現・昭和音大)講師、ヤマハ音楽振興会教育部長などを経て50代で十字屋京都音楽院院長に。京都市中京区在住。