2026.07.14
2026.07.14
「ともに生きる」をテーマにした福祉コラムです。
イラストレーター・こどもみらい館館長 永田 萠
この季節の早朝、ベランダへ出るガラス戸を開けると、青い小輪のアサガオの花が「おはよう!」と声をかけてくれる。10年以上も前に友人から「原種に近いアサガオよ」と分けてもらったものが、毎年咲き続けているのだ。わたしは「キイツ」と命名して愛している。江戸琳派の天才絵師、鈴木其一の「朝顔図屏風」に描かれたあの可憐な花によく似ているからだ。
平安遷都の頃、中国から渡来したアサガオは、その美しさとはかなさで日本人の心をとらえた。西行法師は「はかなくて過ぎにし方を思ふにも今もさこそは朝顔の露」と歌に詠み、鴨長明は「方丈記」の中で、朝露をのせたアサガオを「露はひと」「花はひとを守る住まい」とたとえ、「どちらが先に消えるか」と悲し気に語っている。「はかなさに美しさを感じ取る」のは日本人のすばらしい感性と美意識だと思う。

でもわたしが、うちの「キイツ」たちを愛しているのは「はかない美しさ」からではなく、たとえ昼にはしぼんでも、次の朝には再び花を咲かせる「たくましさ」からなのだ。
去年の秋に種を採って、この5月に蒔(ま)いたのだが、その何倍ものこぼれ種が芽を出した。園芸書には双葉が開くと「形の悪いものは抜くように」と書いてあるが、わたしにはできない。力強くぐんぐんのびるものもあるが、ひ弱ながら懸命に細い茎をのばし、残り時間を知るかのように低い所で小さな花をつけるものもある。それぞれに愛(いと)おしい。
しかし悩みもある。のび過ぎれば支柱を超えてしまいそうなコをどうするか。このままにするか、進路変更させて隣の支柱に改めてからませるか?固く巻きついた茎をはずして移動させる時、気をつけないと先端を傷つけて枯らすこともある。愛ゆえの手助けが、かえってキイツの可能性をつぶすことにも…。などと高校受験生を持つお母さんみたいな心境にもなっている夏の朝なのである。
ながた・もえ氏
出版社などでグラフィックデザインの仕事に携わった後、1975年にイラストレーターとして独立。2016年より京都市子育て支援総合センターこどもみらい館館長に就任。