2026.08.17
2026.08.17
「ともに生きる」をテーマにした福祉コラムです。
もみじヶ丘病院院長、精神科医 芝 伸太郎
子どもは他の子どもが遊んでいる玩具や遊具をことさらに欲しがります。「友達が遊んでいるから」という理由だけで、自分もそうしたくなるのです。
実は大人も、何かが欲しいときには、たいていの場合、自分とは違う誰かがそれを楽しんでいることに触発されています。この心性を精神分析学は「(人間の)欲望は他者の欲望である」と定式化しました。
玩具Aを子どもBが楽しんでいるので、子どもCもAが欲しくなったと仮定しましょう。BのおかげでCは「Aが欲しい」という気持ちになれたわけです。BはCに対して「願望の提供者」という役目を担ったことになります。ここで見落としてならないのは、BがCに対して果たしているもうひとつの役目です。

CはAを独り占めにできるでしょうか。無理にきまっています。BもAを欲しがっているからです。Bがいるから、CはAに無際限には近づけません。つまりBのおかげで、CはAとの距離をほどほどに保てるということになります。「Aから遠すぎず、Aに近すぎず」というAとの絶妙な関係構築にCは成功するのです。
Aは玩具に限りません。Aを人に置き換えると、ABCは人間同士の三者関係になります。二点からなる線分は極端に伸びたり縮んだりしがちですが、そこにもう一点加わると三角形が成立し、三者間で適切な距離が維持されるのです。
「どんな二人でも、長期にわたって密室で共同生活をすると、必ず正気でなくなる」と主張した精神科医がいます。二者関係はとかく煮詰まりがちなのです。「二人がたがいを見つめあうのではなく、二人で一緒に別の何かを眼差す方が幸せは長続きする」とも言うではありませんか。
一対一で在宅介護をしておられる家庭への訪問看護や訪問介護には、二者関係の距離を調整して風通しをよくするという意義もあります。「三者関係の効用」をご理解いただき、そういう支援を積極的に受け入れてくだされば幸甚です。
しば・しんたろう氏
京都大学医学部卒。兵庫県生まれ。
1991年もみじケ丘病院。2018年より現職。専門は気分障害の精神病理学。