2026.09.28
2026.09.28
「ともに生きる」をテーマにした福祉コラムです。
ACT-K主催、精神科医 高木 俊介
私は「色盲」である。
今は色覚異常と言う。赤と緑が見分けられないことが多いらしい。らしい、というのは自分では実感できないからだ。しかし、日常生活にこれといった不便はない。医学生の時の授業では困ったでしょうと聞かれるが、そもそも授業をサボり倒したのでよくわからない。初めて沖縄に行った時、空港からの道路脇に続く緑の中に咲くブーゲンビリアの「鮮やかな」赤い花が自分にだけ見えていないとわかって、少し寂しかった。

最近ようやく色覚補正メガネというものができた。「本当の色」なるものを死ぬまで一度も経験できないのはもったいないと思い、購入してみた。もう一度、生まれ変わるのだ。メガネをかけると世界全体が赤くなる。だが分ほどたつと目が慣れてきて、白がちゃんと白に見える。
覚悟はしていたが、驚いた。世界の色はくっきりと分かれていた。「まっ赤なポルシェ」とはこれだったのか。ショックだったのは自分のお気に入りの服が派手だったこと。不思議だったのは、木々の緑がずっと濃かったこと。これは自分にとっては、かえって自然が暗くなった感じだ。
だが、すぐに飽きてしまった。暗く茶色っぽい私のこの「赤」、陽に輝いている木々の薄い「緑」。周囲から見たら年甲斐(がい)もなく派手かもしれない「シックな」この服。私には普通の人たちの100分の1の色調しか見えていないが、「それでも世界は美しい」。私は、私のこの十分に美しい世界に生きてきた。それを今、手放す必要はない。
では、私に立ち現れている世界の色、私の知覚が知る限りのこの世界と、他の人たちの世界は同じなのか、違うのか。あなたは私より100倍も色の豊富な世界に住んでいる。ならば私が感じるこの世界の美は、あなたが感じるより遠く朧(おぼろ)な儚(はかな)いものでしかないのだろうか。
長い秋雨が晴れあがり、北山に虹が立つ。私の虹は七色に満たないのかもしれないが、その儚さが遠く天空を彩るのを、私は愛する。
たかぎ・しゅんすけ氏
2つの病院で約20年勤務後、2004年、京都市中京区にACT-Kを設立。広島県生まれ。