2026.10.05
2026.10.05
《アール・ブリュット》
「アール・ブリュット」という言葉を耳にされたり、目にされたりしたことはあるでしょうか。15年ほど前から少しずつ日本でも特定のアート作品を紹介する際に用いられるようになりました。今日はこの言葉を少し掘り下げてみたいと思います。
アール・ブリュット(art brut)は、ジャン・デュビュッフェという20世紀に活躍したフランスの芸術家によって名付けられた造語です。アールはアート、ブリュットは「生の」、「加工されていない」、「自然なままの」という意味です。では、生の芸術とはなんでしょうか。デュビュッフェは価値観が様変わりした第二次世界大戦後の社会において、伝統的な芸術の慣習や権威性を強く否定しました。そして美術教育を受ける機会がなかったにも関わらず、生涯をかけて宮殿を創り上げた郵便配達夫や、誰にも知られることなく絵本を描き続けた身寄りのない下宿人、神秘的な世界を生きる精神疾患を持つ患者たちの創造性に強く惹(ひ)かれ、これこそが真の芸術であると「アール・ブリュット」を提唱したのです。

後に、イギリスの芸術史家ジャー・カーディナルによって「アウトサイダー・アート」と訳されたのですが、日本で知られるきっかけとなったのは、1993年に東京で開催された「パラレル・ヴィジョン:世紀美術とアウトサイダー・アート」展でした。その際に同時開催された「日本のアウトサイダー・アート」展で、山下清や草間彌生とともに、障害者支援施設みずのき(亀岡市)から小笹逸男、福村惣太夫、吉川敏明らの絵画が紹介され、大きな注目を集めました。
みずのきのように、芸術家が福祉施設で創作活動に講師として携わる事例はすでにありました。そうした活動の中で生まれた作品の一部が、ある時期にアール・ブリュットとして紹介されたことと、それを機に芸術が障害のある人の可能性を示す手立てになるのではと関心が向けられたことから、アール・ブリュットが「障害者アート」と同義となって福祉の分野で普及しました。これは日本特有の状況です。
障害があるという属性がアール・ブリュットを決定づける要素だと考えることは誤りですが、アール・ブリュットの作品を通じて、際限のない作り手たちの可能性に触れることで、美術や芸術だけでなく、福祉の現場も刺激を与えられることは間違いないと思います。
(みずのき美術館館長 奥山理子)